七福神の島、淡路島(おのころ島)巡り

日本で最初に出来た島

日本の古い書物の古事記や日本書紀の神話に
日本の国を創った「イザナギノミコト」「イザナミノミコト」が
最初に日本で最初に作った島が淡路島だとされています。
えびす大黒を始め、古くから幸福を招くといわれる
七福神をそれぞれお祀りする寺院が広く全島にまたがり
まさに淡路島そのものが
七福神乗り合いの宝船と見たてられています。
そうゆう風に見れば、淡路島の地図の形がなんとなく宝船

七福神の島、淡路島の案内地図

私の家から見える淡路島

明石海峡大橋
舞子からの景色
こちらは 神戸舞子海岸からの風景です。向こうに見えるのが淡路島です。
明石海峡大橋
淡路島から望む夜景
こちらは淡路島側から見た夜景です。

今は世界最長の吊り橋、
明石海峡大橋を渡って淡路島へ行く事ができます。
ETC車 割り引き料金で 益々 淡路島が、より近くなりました。
明石で育った私は 時おり魚釣りにも淡路島へ出かけます。
私が七福神様をお描きさせて頂くのも
ありがたい、ご縁を頂いているようにも思います。
さてさて、最初にご案内させていただくのは

八浄寺(大黒天)
淡路島、八浄寺
応永年間(1394~1428)の開基の寺。

当時の秘仏大黒天は、不動明王の霊示によりて示現なし、霊威広大にして多くの奇瑞をあらわし、
淡路島の大黒さんとして親しまれ、毎日参拝者でにぎわい、香煙絶えることがありません。
尊天のみ姿は宝冠を頂き、蓮台に立ち、右手に小槌、左手に如意宝珠を捧持しています。
尊天の前仏甲子大黒天は、日本一の木像加持尊天で、尊天は室町期の阿弥陀如来。
開運と福徳の御利益があります。(ご開扉大祭は一、五、十一月の各二十六日)
だいこくさまは、印度の神様で有福を示し、
有徳、財宝、闘戦の神様で二俵の米俵に立ち糧食を司る神様です。
だいこくさまのお持の「ふくろ」は「福労」智代ばれています。
苦労をいとわず、かってでて、その積み重ねをためこむための「ふくろ」です。
この「ふくろ」から身・心ともに裕福な人生が
右手の打出の小槌をうち振ることによってあふれ出るのです。
だいこくさまの「打出の小槌」は、
“怠け心”“よこしまな心”など“邪悪な心”を打ち振って、人の迷いを晴らします。

淡路島七福神宝印帳
八浄寺
淡路島七福神宝印帳
万福寺(恵比寿)
淡路島、万福寺

加集山 「幸せの釣り方授けるみ寺」恵美酒神(律義の神)。
宝亀年間(770年~)淳仁天皇の御陵と御母当麻夫人の墓守を勤める僧侶の宿坊として
創草されて時代の変遷と共に敗退していったが、応永年間(1394年~)になり
当地に館を構えた加集氏により堂宇を再興し、
御陵の安穏と民衆の安泰を祈念する寺院として今日に継承されてきました。
本尊の大日如来像二体を合祀する須弥壇は非常に貴重な様式です。
えびすさまは、清廉、漁業、商売 繁盛、交易の神様と言われ、
えびすさまの左手の鯛は「めだたい」のたい、一般には「芽出る」の意味があります。
若芽がやがて大樹になるように、何かよくなる“兆し”を芽出たいとなりました。
叶えてほしい希望や悩み。その「何とかして解決を」と
努力する姿こそが幸福への芽であり、めでたいのです。
右手の釣り糸一筋は礼儀を重んじ、迷いなく人間らしく一筋に生きぬけとの示唆なのです。

万福寺、恵比寿
万福寺(恵比寿)/淡路島七福神宝印帳
宝生寺(寿老人)
淡路島、宝生寺

天平十三年(740)、聖武天皇の勅命をうけ、
僧行基が淡路島に建立を祈願し、
自から刻まれた地蔵菩薩を安置したのが創まりで、
「日限地蔵尊」と崇められ、霊験あらたかな尊像として、
多くの人に親しまれてきました。
境内にある長寿橋を渡れば
10年長生きができるといわれています。
寿老人さまは寿老神とも書き、
じゅろうじんさまは
長寿の神様で老子の化身の神とも言われています。
長命、富財、与宝、諸病平癒の神でもあります。
人々の安全と健康を守ります。
桃は若さのシンボル。
「西遊記」に孫悟空が桃の木から長寿の実をとり、
元気を取り戻したことは有名な逸話です。
寿老人さまのもつ桃は、美しく歳をとり、
美しく老いていくことの大切さを示しています。
また、鶴と亀と鹿は長寿のシンボルとされています。
美しく齢を重ねるには日常、鶴のごとく美しく、
亀のように耐える勇気をもち、鹿のように注意深く、
俊敏にということなのです。

宝生寺、寿老人
宝生寺(寿老人)/淡路島七福神宝印帳
覚住寺(毘沙門天)
淡路島、覚住寺

推古天皇の頃(592)聖徳太子の勅詔に依り創建されたと伝えられています。
住時七堂伽藍を備えた広大な寺領に塔頭も多くを数え、
その威容を誇っていました。
覚住寺は、淡路島でも最古の寺院の一つです。
びしゃもんさまは、印度の神様で、多聞天とも言われ
仏教四天王の一人です。左手の塔は八万四千の法蔵、十二部経の文義を具し、
右手の宝棒は悪霊を退散させ財宝をさずけるといいます.
母親の愛に対して、父親の慈悲。
愛だけではこの人生の荒波をのり越えることはできません。
金のよろいで魔をよせつけず、悪業煩悩を押さえつけ、清く、正しく、
力強く勇気がなくてはなりません。
父の慈悲と母の愛、相互に相まって一家和楽の風が吹きます。

覚住寺、毘沙門様
覚住寺(毘沙門天)/淡路島七福神宝印帳
護国寺(布袋)
淡路島、護国寺

行教上人が開創された由緒ある古刹で、
本尊の大日如来挫像は、慈顔にみちたお姿で胎蔵界を表し、
千年の歴史が偲ばれます。行教上人は、大和大安寺の僧で三輪宗及び真言宗を学び、
後に伝灯大法師に任じ、貞観元年(869)、豊前宇佐八幡宮に参詣し二年余りを
ここで過ごしました。行教上人有縁の史跡と云えます。
ほていさまは、七福神で唯一実在の人物という
弥靭菩薩の化身ともいわれ、大量を表現し、
堪忍と和合を教えてくれる神様です。
「この世の中には五濁悪世」と嘆いてばかりおれはせぬ。
清濁も合わせ呑みこむハラをもち、背負った袋は宝物、
だけど自分のものではありませぬ。
困った人への贈りもの。年に一度のサンタクロースどころではありませぬ。
左右の大きな耳たぶは、他人の話を聞き分けて、
言ってはならぬことは耳たぶへ、貯めて大きくなりました。
布袋尊は仲良く暮らせる人間の理想の姿をあらわせられたものです。

護国寺、布袋様
護国寺(布袋)/淡路島七福神宝印帳
長林寺(福禄寿)
淡路島、長林寺

天平九年(737)、僧行基がこの地に七堂伽藍を創建し、
本尊十一面観音菩薩像を安置したのが創まりで、
塔頭十二坊を構え仏教弘通の霊場として威容を誇っていまし。
延喜元年(901)、 管原道真が九州に赴くとき当地にとどまり、
長林寺の御堂に参詣されました。ふくろくじゅさまは、
幸福、俸禄の意味を持ち南極老人星の化現として現われた神とされています。
大望、長命「良いこと」わかっていてもなかなか実行できないのが人の常です。
他人より「ひと味ちがう」
大望成就の人生を謳歌するために朝夕、福禄寿の誓願を読み、
誦んひてみてはいかがでしょうか。
「分を越えて求むることなく、財を費やさず、陰徳を積むものは福に恵まれる。」
(お顔で表す)「君親の恩を忘れず、行状を慎み、天分を守るものは禄に恵まれる。」
(宝寿で表す)「飲食大酒を禁じ、色欲を慎み、気血を養うものは寿運に恵まれる。」

長林寺、福禄寿
長林寺(福禄寿)/淡路島七福神宝印帳
智禅寺(弁才天)
淡路島、智禅寺

本尊は大日如来像を安置し、仏法有縁の修行道場として開かれた霊跡は、
脇侍に祭祀する地蔵菩薩像とその御厨子には、大古の歴史が偲ばれます。
所蔵されている寺宝の大般若経には、観応二年(1351)の銘があり、又、
本堂背後の丘陵に、風雪に耐えた法篋印塔がわびしく佇い、
寺院の歴史が秘められています。
べんざいてんさまは、七福神の中で唯一の女神で、
愛敬を示し音楽、弁舌才智、水の神、芸術の神として
古来日本では市来姫と同一神として信仰されています。
べんざいてんさまは、河川の流れる音の“音楽の神”音楽には“和音”と“不協和音”とがあります。
快い名曲には
それはそれなりの和音があり音律が狂うと聞きづらくなるものです。
言葉使いも音楽のひとつ、何気ないあなたの一言ひとことが他人を勇気づけたり、
傷つけていたりするものです。
常日頃、言葉ひとつに他人を思いやる知恵の一言一句が福を積む因となるのです。

知禅寺、弁財天様
智禅寺(弁才天)/淡路島七福神宝印帳
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